京都聖地巡礼の旅〜1日目〜前編
●プロローグ
今回は京都国立博物館で特別展示される(私の推しの)宗三左文字を見に行くための旅行である。せっかく京都に行くのなら、各地にある聖地を回ろうと友人であるザウリさんを誘った。
前日の23:30に深夜バスに乗り込む。いつもより三千円ほど高いバスを選んでみたところ、三列フラットシートの快適さを知ってしまった。身体全然痛くない。7時間睡眠ばっちりすぎて超元気。もう二度と他のバスには乗れないだろう……人はこうやってダメになっていくのだ。
7時ごろに京都駅へ到着。
早朝にもかかわらずすでに多くの人がいた。さすが日本一の観光地京都である。私は一緒に回るザウリさんと合流し、バスの時刻まで時間を潰した。
●建勲神社
8時ちょうどにバスへ乗り込み目的地へ出発!
一番最初に行くのは宗三左文字の現在の実家にあたる建勲神社だ。既にテンションアゲアゲ状態で碌に判断力のない我々は、誤って遠回りのバスに乗り込んでしまう(バカ)でも気にしない!だって今から宗三くんのご実家に挨拶に行くのだもの!着ければなんでもいいわ!
バスに揺られること一時間強。ようやく目的地の名が私の耳に届いた。
微かに揺れる車からゆっくり降りると、途端に冷たい空気が頬を刺激してきた。ほぅっと真っ白な息を吐き出しながら辺りを見回すと、そこは閑静な住宅街だった。
京都駅の喧騒が嘘のように、とても静かだった。人はほとんどおらず、いても近所に住んでいるらしき人ばかり。目を凝らせば遠くにゴミを出している人が見える。そしてその近くには、参道の入り口なのだろう、「建勲神社」と書かれたとても大きな社号標があった。彼が確かにここにいたことの、証拠だ。
紫野は静かで落ち着いている素敵な場所だった。人々の生活の中に信仰があり、宗三くんはその中心の一つを担っているのだとよくわかる。今は違う場所にいるけれど、そこに預けられるまでの期間は、この土地で静かに穏やかに過ごせていたのだろう。それまでの彼の軌跡に思いを馳せて、涙が出そうだった。
(大きな社号標はゴミ置き場になっていたので写真は撮れませんでした)
感傷に浸りながら家々の間をゆっくりと歩いていると、右手側に大きな森が現れ、すぐに茶色の鳥居が見える。建勲神社の入り口だ。
ついに来たー!とテンションぶち上がりながら鳥居をくぐる。すると既に若い女性2人が眼レフ片手に写真を撮っていた。向こうもこちらの存在に気が付いたようで、気になりながらも無視を続けるオタク特有の距離感を双方で醸し出しつつ、我々は山に登り始める。
拝殿のある場所までは階段を登る必要があった。その数、実に百段。そして我々はデスクワークで鈍った身体を抱えるアラサー。動かぬ脚に必死に鞭打ちながらも登っていくと、境内図を見つけた。
広いな!?!?
我々が歩いてきたのは東参道のようだ。因みに今回一緒に旅をしたたザウリさんは三度目の参拝で、その際は北参道から登ったそう。そちらも中々にヘビィだったとのこと。さすが天下人の刀を所有する神社。格が違うわ。
そのまま拝殿へ向かって進んでいくと、通路左側に敦盛の石碑が現れた。
とりあえず、歌わないといけないよね?となった元鍋クラスタは、某歌を口ずさみながら境内へと向かう(ザウリさん半笑いだった)。そして開けた場所に出ると、目の前に大きな拝殿が現れた。
その日は見事な快晴だった。上に広がる青色と紅い紅い朱色のコントラスト。木々の間を通り抜ける冷たく澄んだ空気。風の音のみ聞こえる空間。なんだかよくわからないけれど、感極まって泣きそうになった。とにかく先に行かねばと手水で手と口を綺麗にしていざ参拝……の前に狛犬をご紹介。
信長を祭っている神社だけあってか、紋が織田家である。この狛犬は織田の印がついてるから狛犬界では歌舞伎者なのだろうか、など余計なことを考えてしまう。
そしてようやくの参拝。今回の旅の成功を祈るのと同時に、不躾に詮索することの許しを請う。さて、観察開始である。
拝殿の内側には織田信長公三十六功臣のうち、十八功臣の額が飾ってあった(とはいえ色が褪せすぎていてそのときは一体なんなのかよくわからなかったのだが)
拝殿の後ろにある神門は少し高い位置にあり、静かにこちらを見下ろしてくる。よくわからない威圧を感じた私は緊張のあまり語彙を喪失し、すげぇかっけーとしか表現できなかった。
次に、写真はないのだが手水舎の裏側にお社を見つけた。「船岡妙見社」というらしい。近くにある看板を読むと、玄武を祭っていることが書かれていた。玄武。四神のひとつ。やばい。偶然すごいところに来てしまった。やばい(再びの語彙喪失)
ふらふらしながらも、我々は旅の最初にこの神社を選んだ理由を求めて社務所へと向かった。
この御朱印張が欲しかったんですーーー!!!
ピンク!裏は桜!ありがとうございます!!!!!ありがとうございます!!!!!御朱印の字もとても力強くてかっこよかった。ようやくの御朱印張デビューに元気を取り戻した私は、軽い足取りで次の場所へと向かった。
※なお建勲神社の中には宇迦御霊大神、国床立大神、猿田彦大神を祀る末社義照稲荷神社もある。今回は時間の都合上寄ることはできなかったが、五穀豊饒や織物工芸などの生活基盤の神様がいる場所なので、次はぜひともお伺いさせていたきたい
●今宮神社とあぶり餅
建勲神社から徒歩15分ほどのところに今宮神社がある。
非常に大きな神社で、結婚式やお祭りなども行われているもよう。だが我々はそのことをよく知らなかった。なおここに来ることを決めた理由は後述の「あぶり餅」である。
朱色の美しい楼門を通り抜け、広い境内の中へ入る。いや〜マジで広い。京都の神社ってどこも広いんだな……うちの実家の寂れた神社たちとは大違いだ……としみじみ思うあやめである。
少し進むと中央に大きな拝殿があり、その中に三十六歌仙の絵が飾ってあった。
わぁ歌仙だ!と、ただの由来でしかないのわかっているものの微妙にテンションが上がる。オタクだからしょうがないと思う。
拝殿をこえ本社に行き、旅の無事と餅目的で来たことを謝罪する。その後探索がてら本社の左側を歩いているときだった。ザウリさんが「あれって……」となにかを指さしたのだ。
おおお織田ーーーーー!?!?!?
なぜか織田の家紋がある。どういうことだ???と慌ててぐぐる我々。どうやらここは『織田稲荷社』という、織田信長を祀っているところということが判明した。なんだと……ふらっと来たら信長がいたよ……偶然にしてはすごいな……憑りつかれたのかもしらん……と戦々恐々とする私であった。
至る所にこのようなハートマークがたくさんついていてかわいかった。ザウリさんに教えてもらったがこれはハートマークではなく「イノシシの目」だそうで、縁起のいい模様なのだとか。後に回る神社や寺にも同じくハートがたくさんあるのが確認できた。
一通り探索をした我々は社務所に御朱印をお願いする。ここの御朱印がすごくかわいらしい。2面で今宮祭りの傘の印だ。更に半紙にも今宮祭りの模様が入っている。今回お邪魔したところの中では断トツのかわいらしさだったので、御朱印巡りをする方はぜひ寄っていただきたいと思う。
さて、参拝の後はお待ちかねのあぶり餅である。あぶり餅は今宮神社の名物で、一口サイズにちぎった餅にきな粉をまぶし炭火であぶって白みそダレを絡めているらしい。日本最古の和菓子屋だそうで、ネット記事にたくさん特集が組まれているので来る前に調べておくとより楽しめると思う。
表参道には2軒のあぶり餅屋さんがあるが、今回は客引きのお姉さんの京都弁が非常にかわいらしかった「一和」さんにお邪魔した。外の椅子で食べることもできたが、その日はとても寒かったので、小さなお庭に面した温かいお部屋で食べることにした。
お茶を飲みながら待つこと数分、ようやく餅が出てきた。
なにこれやばいマジでウマい(何度目かわからない語彙喪失)一番最初に来るのはガツンとした焦げの強い香りと苦さ。だがすぐに白みそダレの甘味と塩味が追いかけてくる。ほぼ同時に白みそのもったりとした風味ときな粉の優しい味が広がっていき、とろりと柔らかい餅が歯に食い込んでくる。
「なにこれ!?」「めっちゃおいしい!」とバカみたいに同じ言葉を繰り返しながら、ものすごい勢いで食べ始める食い気の塊×2。結構な量に見えたのだが、5分もしないうちに皿は空になってしまった。
疲れが一気に吹き飛んだ我々は、小休憩の後に次の目的地へと向かうことにした。
●大徳寺の高桐院
今宮神社から少し下ったところに大徳寺という非常に大きなお寺がある。ここはかなり戦国武将たちと所縁のある地で、例えば秀吉と利休が大喧嘩して絶交した場所、利休のお墓、前田利家、織田信長、大友宗麟の菩提寺などなど、めっちゃたくさんあるのだ。
できることならば全ての場所を回ってみたいところではあったが、時間の関係上一ヵ所しか回れないので今回は「高桐院」のみお邪魔することにした。
「高桐院」は、歌仙兼定の持ち主である細川忠興が建てた寺である。中には忠興とその正室のガラシャの墓と、歴代の細川家の墓もある。今回は刀剣乱舞に重きを置いた聖地巡礼であったためここを選んだ。
竹林の中にひっそりと佇むお寺は静寂そのものだった。先ほど見てきた黒と金と朱色の空間とは全く異なり、木々と苔の緑の世界が広がっている。あまりの光景に私は言葉を失った。
石畳の上を一歩、一歩、ゆっくりと歩みを進めていく。なにか特別なものがあるわけではない。竹や紅葉などの木々の間に、びっしりと苔が生えているだけだ。それだけなのに、現実ではないような感覚に陥る。均整の取れた苔たちがこんなに美しいなんて私は知らなかった。
藁葺きの屋根にも苔が生えていた。ここに眠る彼らが生きていた時代と、なんら変わらないものがあるのだと実感し、胸が締め付けられる。息絶え絶えになりながらも、私たちは更に置くへと進んでいった。
入場料を払い中へと入ると、目の前にいくつもの木々や草が生い茂る日本庭園が見えた。
紅葉が多いようなので、秋には真っ赤な美しい世界になるのだろう。秋にもう一度来たいと思った。
ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!